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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和41年(う)20号 判決 1968年1月31日

被告人 岡村良彦 外七名

主文

被告人岡村良彦、同村上達也、同樋木耕治、同鶴森広、同松森昭三、同堀清、同扇能忠生に関する本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中証人江村寛通、同橋場文男、花木源治に支給した分は右各被告人の連帯負担とする。

原判決中被告人寺本直臣に関する部分を破棄する。

被告人寺本直臣を懲役三月に処する。

右裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中証人堀内元三郎、同砂田吉衛、同竹俣和夫、同山下暁次に支給した分は右被告人及び被告人岡村良彦、同村上達也、同樋木耕治、同鶴森広、同松森昭三、同堀清、同扇能忠生の連帯負担、証人織田清作、同中本俊二、同河口知治に支給した分及び当審における訴訟費用中証人織田清作、同平田啓二、同中野俊男に支給した分は被告人寺本直臣の単独負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官の控訴趣意書、弁護人梨木作次郎同六川常夫共同名義の控訴趣意書、及び被告人寺本以外の各被告人の各控訴趣意書に記載されている通りであるから、これを引用する。

第一、一、弁護人の控訴趣意第一、事実誤認の論旨について

(一)  所論は原判示第一の(一)の事実について、原判決は被告人岡村、同村上、同樋木が、変電所の電源スイツチを切断された状態におき、工場全般の業務に支障を与え、天方職場長を包含する当局側を困惑させることを企図した旨認定したが、右被告人等は電源スイツチを切断する状態におくことを当初から企図したものではなく、同人等は当時変電所の勤務員であつた宮森豊秋、新宅光男等に同人等を天方職場長に対する抗議の集団交渉に参加させる旨の日本国有鉄道労働組合松任工場支部(以下単に松工支部と略称)の決定を伝え、自主的に集団交渉に参加させようとしたものに過ぎない、従つて右被告人等及び被告人松森は当局に、組合の右決定を伝え、代務者を配置すべき時間的余裕を与え、当局によつて代務者が配置され、電源スイツチを切断しないで前記宮森、新宅の両勤務員が集団交渉に参加することを期待していたのに、当局は何ら適切な措置を講じないで徒過した結果、電源スイツチが切断された状態に立至つたものであると主張する。

然しながら原判決挙示の証拠によれば、昭和三二年五月一三日の午前一〇時過頃からの日本国有鉄道(以下国鉄と略称)松任工場における電機職場の天方職場長を相手方とする松工支部組合員との、いわゆる職場長交渉において、同日午後一時を過ぎても天方職場長は、依然として、電機職場の組合員以外の者の参加している組合側との交渉を拒否したので、同日午後一時一五分頃、組合側は有利に事態の進展を図る手段として変電所勤務の宮森豊秋、新宅光男等保安要員を引き揚げることを決意し、松工支部副執行委員長である江村寛通が天方職場長に対し、「話合に応じなければ保安要員を引き揚げる」旨告げると共に、一方において、松工支部の書記長である被告人松森は、その場から電話で当局側の村沢労働係長に対し、「変電所の保安要員を引き揚げるが、当局側に事態収拾策があるなら話合に応じてもよい」旨通告し、同時に、その場にいた被告人岡村、同村上、同樋木の各執行委員を保安要員引揚げの為、変電所に派遣した。同日午後一時二〇分頃右被告人三名は変電所内の詰所に来り、勤務中の保安要員宮森豊秋、同新宅光男に対し、スイツチを切ることを要求し、同人等が、これを拒否すると、なお執拗にスイツチ切断を要求し、どうしても、その要求に応じないのなら、右被告人等においてスイツチを切断するから、その方法を教えてくれと要求した。右宮森及び新宅は、この要求も拒否したが、右被告人等の態度からして、同人等が自らの手でスイツチ切断を強行しかねない気配だつたので、突然スイツチ切断と言う事態が発生したのでは、各職場において不測の事故が発生するかも知れないと危惧し、スイツチを切断するなら関係職場へ事前に連絡しなければいけないと右被告人等に注意した。そこで被告人樋木及び同村上は、右詰所から各職場へ電話で送電が暫く停止する旨の連絡をし始めた。この頃、電機職場の作業係で組合員である木村晴源が、右詰所内へ行つて来て被告人岡村、同村上、同樋木の三名に対し「スイツチを切るのを待つてくれ」と言つたが、被告人樋木は「少しの間だから切らせてくれ」と言つて肯んじなかつた。そこで右木村作業係は「実力行使は問題があるから、もう少し待てないか、一体切るなら当局へ話してあるのか」と右被告人等に言つたところ、被告人樋木、同岡村は、被告人村上を、その場に残して、変電所を出て、設備課長司代淳三郎の所へスイツチ切断の通告に行き、同課長に保安要員引揚げを通告して変電所内へ戻つて来た。通告を受けた司代設備課長は、スイツチ切断を阻止する為この二人の後を追つて、すぐ変電所へ入つた。被告人樋木は右司代課長に対し、「こんな所へ来ないで電機職場長の所へ行け」と言つて被告人岡村と共に右課長の手を引つぱつて変電所北側出入口から外へ出て、同人を電機職場事務所の方へ連行しようとしたが、変電所を出て数歩行つたところで、司代課長は右被告人等の手を振り切つて再び変電所内へ駈け戻つた。この間においても前記宮森、新宅の両名は被告人村上からスイツチの切断を強要されていた。再び変電所内へ駈け戻つた司代課長は、被告人樋木に対し、スイツチ切断を思い止まるよう説得を続けていたが、たまたま、そこへ電機職場の助役小川広行も入つて来たところ、被告人樋木は、右小川助役に対しても「何しに来た」等と言い、一方前記宮森は被告人村上、同岡村の両名から両手を、それぞれ掴まれ腕力を以て配電盤の方へ引つぱられながらスイツチの切断を強要されていた。その為前記宮森、新宅の両名及び、その場に居合わせた司代課長、小川助役等当局側の者も、同所は電気設備のある危険な場所であり、又右被告人等の態度から見て、敢て同人等の行動を阻止すると不測の事態が発生する恐れがあることを懸念し、実力を以て、これを阻止し得ない状態に置かれていた時、被告人岡村、同村上は、交互に原判示第一(一)記載の如く、同所配電盤の動力用電源スイツチ五基及び空気圧縮用電源スイツチ四基計九基のスイツチ全部を切断したが、それは午後一時三七分頃であつた。この事態を目撃した司代課長は工場長に報告する為、変電所を出て工場長室へ行き、小川助役は天方職場長に報告の為、直ちに電機職場の事務室へ戻つた。これより先、前記の如く江村副執行委員長から話合に応じなければ保安要員を引揚げると言われた天方職場長は、変電所の勤務員いわゆる保安要員が勤務時間中送電をやめて現場の職場長交渉に参加した例は、かつて無かつたので、江村副委員長に対して、保安要員を引き揚げては困るとは言つたが、まさかそれを実行をするとは思つておらず、話合に応ずることを依然として拒否していた。然し現実に変電所の各スイツチが切られて送電が停止した事態に遭遇するや、事の重大性に驚き、直ちに、とにかく話合をしようとの意思を表明した。そこで電気職場事務所にいた木村作業掛から変電所の宮森に対し「話合がついたから、すぐ電気を入れてくれ」との電話連絡があり、それと相前後して右電気職場事務所にいた江村副執行委員長からも、変電所にいる被告人村上に対し、同じ趣旨の電話連絡があつたので、午後一時四二分頃、前記宮森、新宅の両名が切断されたスイツチを再び挿入し、送電及び送風することができた。他方被告人松森から前述の如く、保安要員を引き揚げる旨の通告を受けた村沢労働係長は、直ちに工場長室へ行つて工場長堀内元三郎にその旨を報告し、同工場長は直ちに組合と交渉を持とうとして、その旨を組合側に連絡するよう村沢労働係長に命じた。そこで同係長は用品倉庫前まで来た時、被告人松森に会つたので、同人に工場長の右意向を伝え、被告人松森は変電所へ行つたが、既にその時はスイツチが切断された後であつた。なお当時の電機職場の勤務員は五九名であつた。以上の事実を認めることができる。右事実を検討すると、先づ被告人岡村、同村上、同樋木等が、いわゆる職場長交渉に応じない天方職場長に対する抗議の集団交渉に変電所の、いわゆる保安要員を参加させることを決定し、このことを天方職場長及び村沢労働係長に通告したことは、その意図が、天方職場長に職場長交渉に応じさせることにあつたことは言うまでもないが、その手段として保安要員の宮森、新宅等を引き揚げさせて、天方職場長に対する抗議の集団交渉に参加させようとしたことは、被告人等において、保安要員の引き揚げによつて変電所の電源スイツチを切断された状態におき、当局側を困惑させ、交渉を組合側に有利に導こうとしたことを念頭に置いていたことを物語るものと言わざるを得ない。けだし右抗議の集団交渉において電機職場の全組合員を参加させることによつて、いわゆる団結の威力を示威するのであれば、前記の如く当時電機職場の勤務員は五九名いたのであるから、その内の二、三名の保安要員が欠けていても集団の威力示威の効果に影響はないと考えられるからである。それにもかかわらず、被告人等が敢て保安要員を参加させることを決意し、これを当局側に通告したのは、保安要員の引揚げ、その集団交渉への参加によつて電源スイツチの切断という事態の発生が当然予想され、このことの当局側に与える効果を阻つたものとしか考えられない。

次に前記認定の如く、被告人等が右保安要員の引き揚げを決意したのは同日午後一時一五分頃であるが、それと同時に被告人岡村、同村上、同樋木の三名は変電所に行き、午後一時二〇分頃から右変電所の詰所において保安要員の宮森、新宅に対し、スイツチの切断を執拗に要求している。そして右宮森、新宅から注意されて初めて、右被告人樋木、同村上は右詰所から電話で各職場へ送電が暫く停止する旨の連絡を初め、間もなく右詰所へスイツチ切断中止の説得に来た木村作業係から、「スイツチを切断するのなら当局へ話してあるのか」と言われて、被告人岡村、同樋木は司代課長の許にスイツチ切断の通告に行つている。然もその間も被告人村上は右宮森、新宅両保安要員に対し依然としてスイツチ切断を強要しており、スイツチ切断の通告を受けた司代課長、小川助役が変電所へ駆けつけて、スイツチ切断中止を説得したにもかかわらず遂に同日午後一時三七分、被告人村上、同岡村の手により前記の如くスイツチは切断されたのである。それまでに被告人等が保安要員引揚げを決意してから約二二分、保安要員に対してスイツチ切断を要求し始めてから約一七分しか経つていない(当審証人江村寛通は、同人が当局側に保安要員を引揚げる旨連絡してから、電気が止るまで均一〇分であつた旨供述している。)その間当局側は所論の如く無為に過したわけではなく、前記の如く木村作業係、司代課長、及び小川助役が変電所に駆けつけて被告人等に対し、スイツチ切断の中止方を説得し、被告人松森から保安要員引揚げの通告を受けた村沢労働係長は、直ちに、このことを堀内工場長に報告し、同工場長は直ちに組合と交渉を持とうとして、同係長に、その旨を組合側に連絡するよう命じ、同係長は被告人松森に同工場長の右意向を伝えている。前記の如く、変電所の保安要員が勤務時間中送電をやめて現場の職場長交渉に参加した例は、それまで無かつたので、当局側が保安要員引揚げの通告を受けた際、先づこれを中止させるよう組合側の説得に力を注ぎ、直ちに代務員配置の措置を執らなかつたことは無理からぬことであつたし、又右通告からスイツチ切断まで僅か二二分の間に、代務員配置を完了することは難きを求めるものと言わねばならない。これを要するに被告人等が保安要員の引き揚げを決意し、これを当局側に通告した時、被告人等は、保安要員の引き揚げによつてスイツチ切断の事態に立ち至ることを、少くとも未必的に認識し、右事態の惹起を恐れる当局側に、組合側の要求する形式での天方職場長との職場交渉を承諾せしめ更に実際スイツチを切断することによつて組合側の右要求を当局側が受諾の止むなきに至ることを企図したものであつて、被告人等には当局側に右決意を通告するに当つて、代務者を配置すべき時間的余裕を与えて、電源スイツチ切断の事態を避けようとした意図は最初からなかつたものと認定せざるを得ない。

(二)  所論は、原判示第一の(一)の事実について、原判決は、被告人樋木が被告人岡村、同村上と共謀の上、原判示の九基のスイツチを切断した旨認定しているけれども、被告人樋木が原判示の日時に原判示の変電所に行つたことは事実であるが、それは変電所の保安要員を天方職場長との集団交渉に参加させるべき組合の決定を伝達の為に行つたのである、その任務は、電源スイツチを切断された状態において、勤務員を集団交渉に参加させることを必須条件としていなかつた、従つて、そのような共謀をする由もなかつたのであつて、宮森、新宅の両保安要員が被告人等の説得に応じない事態の中で、緊急な措置として岡村、村上の両被告人が九基の電源スイツチを切断したのである、この行動の前後に被告人樋木は岡村、村上両被告人と電源スイツチを切断する協議をした事実はない、従つて被告人樋木は原判示のように村上、岡村両被告人と共謀したことはない、以上の通り主張する。

然しながら原判決挙示の証拠によれば、五月一三日午後一時一五分頃、組合側は天方職場長との職場長交渉の問題について、事態を組合側に有利に進展する手段として変電所の保安要員を引き揚げる決定をしたが、被告人樋木は、これに参画し、然も、それは右行動によつて変電所の電源スイツチを切断された状態におき、工場全般の業務に支障を与え、天方職場長を包含する当局側を困惑させることを企図したものであつたこと、そして被告人樋木は直ちに被告人岡村、同村上と共に変電所に行き、三名で保安要員宮森、同新宅に対しスイツチを切ることを要求したこと、その内に木村作業係が変電所に来て、右被告人等に「スイツチを切るのを待つてくれ」と言つたが、被告人樋木は「少しの間だから切らせてくれ」と言つて肯せず、更に司代課長がスイツチ切断を阻止する為に変電所へ来たが、被告人樋木は同課長に対し「こんな所へ来ないで電機職場長の所へ行け」と言つて被告人岡村と共に同課長の手を引つぱつて電機職場事務所の方へ連行しようとし、同課長が、これを振り切つて変電所内へ駈け戻り、樋木被告人に対し、スイツチ切断を思い止まるよう説得を続けていた、そこへ入つて来た小川助役に対しても、樋木被告人は「何しに来た」等と言つており、その内に被告人岡村、同村上は交互に原判示のスイツチ九基を切断したこと、以上の事実が認められることは前記(一)に述べた通りである。これによれば被告人は直接スイツチ切断の実行行為に出てはいないが、被告人村上、同岡村と、その間絶えず行動を共にしており、樋木被告人自身は前記の如き行動に出ていることから考えると、被告人樋木と同岡村、同村上との間には保安要員宮森、同新宅に対し、威力を用い、その意思を抑圧してスイツチ切断を強行するについては十分意思の連絡があつたと認められ、従つて被告人樋木は右行為について共同正犯の責任を免れない。

(三)  所論は、原判決は原判示第一の(二)の事実において、被告人岡村、同村上、同樋木、同鶴森、同松森、同堀、同扇能等七名は、共謀の上、有形力を行使して、前記変電所において、その勤務員谷口貞雄が送風用電源スイツチを挿入して、その運転を開始せんとするに当り、その内の一基の挿入を許したのみで、残余の三基のスイツチの挿入をなさしめなかつた旨認定しているけれども、右谷口が右電源スイツチ一基を挿入したのは、同人と被告人等組合執行委員との話合の結果によるものであり、残余の三基にスイツチを入れなかつたのは、被告人等の説得を容れたことによるもので、配電盤の記録メーターをとるため、右谷口と一緒に変電所詰所内にいた宮森豊秋が詰所外に一旦出て、又戻つていることは右事実を裏書するものである、と主張する。

然しながら原判決の挙示する証拠、特に谷口貞雄、宮森豊秋の検察官に対する各供述調書によれば、昭和三二年五月一八日午後零時四五分頃、就業時刻となつたので、右変電所の勤務員であつた谷口貞雄は送風用電源スイツチを挿入せんとして配電盤のエアコンプレツサーのスイツチの方へ行こうとしたところ、同人の周囲を取囲んでいた被告人村上、同松森、同岡村、同樋木、同堀、同扇能、同鶴森等に立ちふさがれ、或いは身体を手で押えられる等して阻止された、然し右谷口は被告人等のスキを見て、その間をすり抜け、一番馬力の強い日立一五〇馬力のエアコンプレツサーのスイツチを挿入し、続いて残りの三基のエアコンプレツサーのスイツチをも挿入しようとしたが、その時には既に被告人等が配電盤のエアコンプレツサーのスイツチ前に立ちふさがつてしまい、右谷口の身体を前から押えて、同人がスイツチを挿入しようとするのを阻止した為、スイツチ挿入は不可能であつた、同人はなおもスキを見て右スイツチを挿入しようとしたが、配電盤の前に立ちふさがつている被告人等数名の者の中の被告人岡村から、その手を振り払われ、「スイツチを入れるな、とにかく事務所の中へ入つておれ」等と言われて、被告人岡村、同扇能その他一、二名の者から背中を押され、或いは腕や肩を掴まれて無理に詰所の方へ連行され、又被告人樋木、同堀その他一、二名の者に立ちふさがれて配電盤へ近づけないでいた同じく変電所の勤務員宮森豊秋も途中から右谷口と一緒に詰所の中へ押し込まれてしまい、詰所の中へは被告人岡村、同村上が入り、詰所の前には被告人扇能、同樋木、同堀、同松森等が詰所の入口の戸を閉めてピケを張つた、そして右谷口、宮森の両名がスイツチを挿入する為に詰所の外へ出ようとすると、被告人岡村、同村上から「出るな、ここに座つておれ」と怒鳴られ、被告人扇能は詰所の外から戸を押えて開けられないようにしていた、午後零時五〇分頃、右谷口、宮森の両名が、被告人岡村、同村上に対し「まだ零時四五分の始業時の配電盤のメーターの記録をとつてないので、とらせてくれ」と要求したが、同被告人等は、これを拒否し、右谷口等から更に「北陸配電松任変電所との関係もあるので、メーター読みだけはさせてくれ」と要求されて、詰所前でピケを張つていた被告人樋木、同堀、同松森、同扇能等と話合の上、記録をとることだけは認めることにして、右谷口、宮森の両名を詰所外へ出してやつた、然し右両名が配電盤の一番奥の方へ記録をとりに行くのに対し、被告人岡村、同村上その他詰所前でピケを張つていた他の被告人等は右谷口等を取り巻くようにして監視しながら、ついて歩き、特に配電盤のエアコンプレツサーのスイツチの前を通る時は、その配電盤の前に立ち並んでピケを張り、右谷口等が、その場で立ち止つてスイツチを挿入しようとすると「スイツチを入れんといてくれ、詰所へ入つとつてくれ」等と交々言つて、右谷口等の体を後から押し、詰所の中へ押し込んだ、そして前同様被告人岡村、同村上、同扇能、同樋木、同堀、同松森等が詰所前でピケを張つて右谷口等がエアコンプレツサーのスイツチ挿入の為詰所外へ出ないように見張つていた、午後一時になつて右谷口等は再び記録をとる為に詰所外へ出してもらつたが、被告人等の監視を受け、スイツチを挿入することが出来ず、再び詰所内に閉じ込められたことは前と同様であり、その後も右谷口等はスキを見てスイツチを入れようとしたが、その都度被告人等に阻止されて、結局同日午後一時半頃、被告人等がピケを解くまで、スイツチを入れることはできなかつた、以上の事実を認めることができる。

右によれば右谷口が残りの三基にスイツチを入れなかつたのは原判示の如く、被告人等の有形力の行使による阻止の結果であつて、所論のように同人等の説得に応じて自らの意思によりスイツチを入れなかつたものであるとは、とうてい言えない。所論は右谷口、宮森の各検察官調書は、同人等が当局からの処分を恐れ、組合の決定に従つて行動したことを、あからさまに供述し得ない事情があつたから信用しがたく、同人等の原審公判における供述こそ信用し得るものであると主張するけれども、右各検察官調書は事件後未だ日の浅い時に作成されたので、供述者の記憶も鮮明である為、具体的かつ自然であり、他の関連証拠とも符合し、十分信用に値すると認められる。右谷口自身も原審公判において、右検察官調書作成当時は記憶も新らしく、記憶しているままを述べたと証言している。むしろ右谷口、宮森の原審公判における供述の方が、記憶の薄れた部分が多くあいまいであり、又被告人等に対する気兼から真実を率直に述べることを憚かつた形跡が認められ、然もこの原審公判における供述すらも、これを全体として見れば、被告人等の有形力行使による阻止によつてスイツチ挿入が不可能になつたものであつて、同人等の説得に応じたものではない趣旨のものと解される。

(四)  所論は原判決は原判示第一の(三)の事実について、昭和三二年五月二〇日午前八時三〇分頃被告人岡村、同村上、同樋木、同鶴森、同松森、同堀、同扇能は共謀の上、前記変電所の勤務員新宅光男に対し、ピケを張つて待ち受け、同人が送風用電源スイツチ四基を挿入しようとして通路入口前に来た際、こもごも或いは同人の腹部を押し、或いは、その背部、肩などを押して詰所内に押し戻し、同人を同所内に閉じ込め、同日午前九時三五分頃まで約一時間にわたつて前記四基の送風用電源スイツチによるコンプレツサーの送電を停止させた旨認定しているけれども、右新宅は被告人等の中の誰かから職場大会は午前九時頃までに終了するから、それまで電源スイツチを入れないよう説得されて、これを容れ、同時刻まで詰所内にいたが、午前九時を過ぎても当局との交渉が妥結しないので、送風用電源スイツチを入れようとしたが、更に被告人岡村や同樋木に説得されて、同スイツチを入れることを断念したものであると主張する。

然しながら原判決挙示の証拠、特に新宅光男の検察官に対する供述調書及び原審証人小川広行の供述によれば、昭和三二年五月二〇日、その日の変電所の勤務員であつた新宅光男が午前八時二〇分過ぎに変電所へ入ると、配電盤の西端附近から日立百馬力のエアコンプレツサーの北側東端附近を結んだ線に椅子が並べて置かれ、これに被告人村上、同岡村、同樋木、同鶴森が座り、詰所から配電盤の方へ行けないようにピケを張つていた、右新宅が午前八時三〇分の始業のサイレンが鳴つたので、エアコンプレツサーのスイツチを挿入するため、詰所から出て配電盤の方へ行こうとすると、被告人鶴森、同樋木の両名から「お前は中に入つとれ」と言われて手で体を押えられ、右新宅が、それでもなおピケの間を通り抜けようとすると、押し返され、そのようなことが数回くり返された後、遂には被告人樋木、同岡村の両名は椅子から立上つて右新宅の肩に手をかけ、後向かにさせて、そのまま同人の後から押して詰所の中に押込んでしまつた、そして被告人村上、同樋木、同鶴森、同松森、同堀、同扇能等を含む一五、六名の組合員が詰所の前附近から配電盤の方へかけて立ち並び、右新宅がコンプレツサーのスイツチを挿入する為配電盤の方へ行くのを阻止する為見張つており、午前八時四〇分頃、右新宅は詰所の電話で、電機職場事務室の天方職場長に対し「組合の連中がピケを張つていて配電盤の方へやらせないので、とてもコンプレツサーのスイツチを挿入することができないから、当局の方で来て入れてくれ」と要請したが、逆に職場長から「スイツチを入れなさい、業務命令です」と指示され、右新宅はエアコンプレツサーのスイツチを入れる為詰所の出入口から出かかつたが、そこに居た被告人松森、同堀、同扇能の加わつているピケ隊員によつて再び詰所の方へ押し返されてしまつた。このような状態が、その後暫く続いていたが、午前九時三五分頃になつて、交渉妥結の連絡があり、組合側がピケを解いたので、右新宅は詰所を出てエアコンプレツサー四基のスイツチを挿入した、以上の事実を認めることができる。

所論は前記(三)におけると同様の理由で、新宅光男の検察官調書は信用できず、同人の原審公判における供述こそ信用し得るものであると主張するが、右検察官調書が十分信用に値することは、前記(三)において説示したと同様であり、且つ同人の原審公判における供述も、細部においては記憶が薄らいで明確を欠くところがあるけれども、全体の趣旨は右検察官調書と符合するものである。

(五)  所論は、原判決は原判示第一の(二)、(三)の各事実において被告人扇能が被告人岡村等と共に国鉄松任工場において昭和三二年五月一八日及び同月二〇日行われた電機職場の抗議集会に同工場変電所の勤務員を参加させ、右変電所の勤務員全員が職場を離れる場合には送電、送風を中止しなければならない機構になつていることを利用し、同変電所の電源スイツチを切断された状態におき、同工場全般の業務に支障を与え、当局側を困惑させることによつて、当局の天方職場長支持の態度を変更させようとした旨認定しているけれども、被告人扇能は松工支部の執行委員ではないから、原判示の如き組合の闘争方針決定に参画していないと主張する。

然しながら原判決挙示の証拠によれば、本件当時、同被告人は松工支部機関車職場分会書記長であつて、前記(三)、(四)において認定した通り、同被告人は原判示第一の(二)、(三)の各事実において、他の被告人等と共同して前記変電所の勤務員谷口貞雄、或いは新宅光男に対し有形力を行使して、それぞれ同人等が送風電源スイツチを挿入するのを阻止したものであつて、当時執行委員でなかつた被告人扇能が原判示の当局の天方職場長支持の態度を変更させることを目的とした組合の闘争方針決定に直接参画していないことは所論の通りであるが、同被告人は前述の如く当時機関車職場分会書記長の地位にあつたのであるから、原判示第一の(二)、(三)の昭和三二年五月一八日及び同月二〇日頃に至つても、なお右組合の闘争方針を知らなかつたと言うことは、とうてい考えられないところである。まして右闘争方針も知らずに、盲目的に前記(三)、(四)記載の如き右闘争方針に沿つた行動に出たと言うことは、一層考えられないところである。現に原審第四六回公判における同被告人の供述によれば同人は同月一三日午前中に行われた電機職場における天方職場長に対する職場長交渉に参加し、同月一八日の昼休み時間に行われた電機職場、工機職場合同職場大会、及び同月二〇日午前八時過ぎに行われた電機職場大会にも、それぞれ参加しているのであつて、右事実によつても、同被告人は原判示の、変電所の勤務員を電機職場の抗議集会に参加させることによつて変電所の電源スイツチを切断された状態に置き、松任工場全般の業務に支障を与え、当局側を困惑させることによつて、当局の天方職場長支持の態度を変更させようとの組合側の企図を了承し、これに同調して前記認定の如き行動に出たことが推知される。

以上の通りであつて、原判決に所論の如き事実誤認はなく、論旨は採用できない。

第一、二、弁護人の控訴趣意第二、理由不備の論旨について

所論は、原判決は原判示第一の(二)において「被告人岡村、同村上、同樋木、同鶴森、同松森、同堀、同扇能の七名は共謀の上、午後の就業時刻である午後零時四五分頃、前記勤務員谷口が送風用電源スイツチを挿入して、その運転を開始しようとするや、そのうち一基を許したのみで、残余の三基の送風用電源スイツチの挿入をなさしめず、こもごも同人の腕を掴み、或いは背後から同人の身体を抱きかかえるなどし、又附近にいた勤務員宮森に対しても同様その身体に手をかけ、背後から押すなどし、相協力して勤務員両名を同変電所内の詰所内に押し込め、同日午後一時三〇分頃まで、同所内配電盤前から詰所前附近にかけてピケを張り」と判示し、又原判示第一の(三)において、「被告人岡村、同村上、同樋木、同鶴森、同松森、同堀、同扇能の七名は共謀の上、同変電所内の詰所より配電盤に通ずる入口通路附近に予めピケを張つて待受け、同日午前の始業時である午前八時三〇分頃、前記新宅光男が送風用電源スイツチ四基の挿入をしようとして通路入口前に来た際、こもごも或は同人の腹部を押し、或いは、その背部、肩などを押して詰所内に押し戻し、同人を同所内に閉じ込め」と判示しているけれども、被告人等七名は原判示のような共謀をした事実もなく、その証拠もない、然も原判決は被告人等が何時、何所で、どのような共謀をしたか、又被告人等の誰が、どのような行為をしたかを少しも具体的に判示していない、即ち原判決には事実を誤認し、判決に理由を附さない違法がある、以上の通り主張する。

然しながら原判示第一の(二)、(三)の各事実における各被告人の共同加功の態様は前記(三)、(四)において認定した通りであり、その際被告人等の間に少くとも暗黙の意思連絡があつたことも容易に推定できるところであるから、原判決には所論の如き事実の誤認はない。又共同正犯の判示には、判文上共謀の事実を明確にさえすれば足り、その共謀が何時、何所で、又如何なる内容を以て行われたか、又共犯者の何人が実行行為の際、その如何なる部分を分担したかを具体的に明示しなくても、罪となるべき事実の判示として欠けるところはないから、原判決には所論の如き理由不備の違法もなく、論旨は採用できない。

第一、三、弁護人の控訴趣意第三、憲法二八条並に法令の適用の誤の論旨について

所論は要するに、原判決は原判示第一の(一)から(三)の各事実について、何れも威力業務妨害罪の成立を認めたが、これは憲法二八条、労働組合法(以下労組法と略称)一条二項、刑法三五条の解釈、適用を誤り、被告人等の正当な組合活動を違法と評価したものである。即ち原判決は公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称)一七条一項に違反する争議行為が常に必ずしも刑罰の対象となるものでない、として出発点において正しい法律解釈に立ちながら、その本件への具体的適用に当つては、原判示の如く「組合幹部が直接手を下して電源スイツチを切断する行為」及び「組合執行部の決定に服しない変電所勤務員に対し暴力行使には至らなかつたとしても、とも角も有形力を行使したこと」を何れも直ちに違法な争議行為であるとした。然し右各行為は、当局の出方、組合のとつた措置等一連の行動の中で、全体を総合し、且つ諸般の情況に照らして評価されなければならない。特に(1) 政府当局の仲裁裁定の不履行と国鉄労働者の生活、賃金等の労働条件の劣悪、(2) 組合の政府当局に対する抗議に対して当局は何ら反省することなく、懲戒処分と刑事訴追を以て臨んだこと、然し本件以後昭和三三年からは裁定は履行されるようになつたこと、(3) 天方職場長の官僚的、独善的労務管理の一連の措置と、それに対する職場の不満、(4) 天方職場長の不当違法な職場長交渉の拒否(他職場では職場長交渉は行われたし、本件以後は行われるように工場当局との間で話合がついた)、(5) 以上の諸事実の累積の上に行われた本件の組合の各行動は業務に対する支障の点では極めて短時間であり、行動としても全体として平穏であつたこと、このような諸点を彼此比較考量すると、被告人等の本件行為は正当行為、又は社会的に相当性のある行為として正当とされなければならない。以上の通り主張するものである。

公労法一七条一項に違反する争議行為が、必ずしも常に刑罰の対象となるものでないことは原判決の説示する通りであり、又所論の強調する通りであつて、それが労組法一条一項の目的を達成する為のものであり、且つ単なる罷業又は怠業等の不作為が存在するに止まり、暴力の行使その他の不当性を伴わない場合には、労組法一条二項の適用があり、刑事制裁の対象とはならない。それと同時に争議行為が刑事制裁の対象とならないのは、右の限度においてであつて、若し争議行為が労組法一条一項の目的の為でなくして政治的目的の為に行われたような場合であるとか、暴力を伴う場合であるとか、社会の通念に照して不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合には、憲法二八条に保障された争議行為としての正当性の限界を越えるもので、刑事制裁を免れないのである。(最高裁判所、昭和四一年一〇月二六日判決)。

そこで本件について、これを見ると、原判示第一の(一)の事実においては、前記第一、一、(一)において認定した経過により、当時の変電所の勤務員であつた宮森、新宅の両名及びその場に居合せた司代課長、小川助役等の当局側の者も、右変電所は電気設備のある危険な場所であり、又被告人等の態度から見て、敢て同人等の行動を阻止すると不測の事態が発生する恐れがあることを懸念し、実力を以て、これを阻止し得ない状態に置かれていた時、被告人等は交互に九基のスイツチを切断したものであり、原判示第一の(二)、の事実においては、前記第一、一、(三)において認定した通り、当時の変電所の勤務員であつた谷口が、就業時刻になつたので送風用電源スイツチを挿入しようとすると、被告人等は右谷口の前に立ちふさがり、或は手で身体を押える等して阻止し、更に同人は被告人等に背中を押え、或いは腕や肩を掴まれて無理に詰所の方へ連行され、同じく当時の変電所の勤務員であつた宮森と共に詰所の中へ押し込まれ、同人等がスイツチ挿入の為外へ出ようとすると、被告人等は、或いは「出るな、ここに座つておれ」と怒鳴り、或いは詰所の外から戸を押えて開けられないようにして、これを阻止したものであり、原判示第一の(三)の事実においては、前記第一、一、(四)において認定した通り、当時の変電所の勤務員新宅が始業のサイレンと共に、エアコンプレツサーのスイツチを挿入する為詰所から出て配電盤の方へ行こうとすると、配電盤の前にピケを張つていた被告人等から「お前は中へ入つておれ」と言われて手で体を押えられ、押し返され、遂には肩に手をかけ後向きにされて詰所の中へ押し込まれ、被告人等は詰所の前附近から配電盤の方へかけて立ち並んで右新宅が配電盤の方へ行くのを阻止する為見張つており、同人がスイツチ挿入の為詰所から出ようとすると被告人等は詰所の方へ押し返し、結局スイツチ挿入を不可能ならしめたものである。被告人等の右諸行為は、明らかに単なる罷業又は怠業等の不作為に止まるものではなく、そのいわゆる有形力の行使は暴力の行使であり、原判決が正当に説示している通り、公共企業体以外の一般労組の場合であつても、争議行為としての正当な限度を遙かに逸脱したものであり、労組法一条二項、刑法三五条を適用する余地はないと言うべきである。この理は所論の指摘する前記(1) 、(2) 、(4) の諸点を考慮に入れても異なるところはない(所論(3) について、これを認めるに足る証拠はなく、(5) については本件における被告人等の行為は前記認定の通りであつて、決して平穏なものであつたとは言えない)。殊に被告人等の本件各所為は、原判決も認定している如く、所論指摘の(4) 、即ち天方職場長が、いわゆる職場長交渉を拒否し、松任工場当局も右天方の、この態度を是認し、支持した為、右天方をして被告人等の要求するような形で行われる職場長交渉の相手方となることは承諾させると共に、この問題に関する当局側の態度の変更を求めることを主たる動機としたものであつて、このことは、職場長が右のような形の交渉を拒否しなかつた他の職場における交渉は何れも無事に終了し、何ら本件の如き争議行為にまで発展しなかつたことによつても明らかである。

ところで原判決挙示の証拠によれば、原判示の如く、松工支部の各職場分会は元来単位労組でなく、工場当局との団体交渉は、松工支部労組の役員が、工場長又は、その代理である課長を相手として、これを行うのを原則としていたが、各職場内だけで解決できる事項についてはもとより、各職場長の権限では処理できない事項についても、職場内の事情に通じている職場長に話しておくことが相当と思われるような事項については、たとい勤務時間中であつても、その職場分会の役員等比較的少数の者が、比較的短い時間、職場長と交渉することが黙認されていた。これが、いわゆる職場長交渉であるが、この交渉に参加する者の全部が、その職場に勤務する者でなければならないか、参加者の人数及び交渉の時間等は、どの程度までが許容されるか等の諸点については、明確な基準は存在しなかつたことも原判示の通りである。そして本件において天方職場長は職場長交渉を要求して参集している者の中に、電機職場の勤務員以外の者が多数参加していたのを認め、それを理由として組合員と交渉に入ることを拒否した。所論は、天方職場長の、この態度を不当違法であると非難するけれども、前記の如く、いわゆる職場長交渉自体は当局側も、これを黙認し、言わば慣行となつていたと言えるけれども、この交渉に他の分会の役員、組合員等が参加することまでは慣行として認められていなかつたのである。原審証人堀内元三郎、同天方邦夫の供述によれば天方職場長が、他分会の役員、組合員等が参加した職場長交渉を認めず、当局側が同職場長の、この態度を是認し、支持して来た理由は、その職場長が、職場長交渉に参加している他分会の者について、果してその所属する職場の上司の許可を受けて職場長交渉に参加しているかどうか把握することができず、又多数の者が勤務時間中作業を中止することは業務の正常な運営に支障を来すこと、然も本件において組合側が職場長交渉として持ち出した議題は、電機職場のアームクレーンの加重試験の実施、変電所勤務員宮森を設備課に助勤に出す問題、及び春闘に対する処分の不当であることの確認であつて、何れを取り上げて見ても、他分会の役員、組合員等の参加を必要とするものではなかつたことであつて、本件における天方職場長の職場長交渉の拒否、当局側のこれに対する是認、支持は、それなりに合理的な根拠があつたのであり、必ずしも違法、不当なものと断ずることはできない。従つて、そのことの故に、被告人の本件行為が正当化されるものでないこと勿論である。論旨は採用できない。

第一、四、弁護人の控訴趣意第四、法令の解釈適用の誤の論旨について

所論は、原判決は、原判示第二の事実について、被告人等の変電所立入りを違法として建造物侵入罪により処断したが、右変電所は日常でも職員が自由に立入る場所であり、組合活動の目的を以てしても立入りは自由であつた、そして本件各行為は何れも変電所勤務員の職場長交渉又は職場集会参加の呼びかけを目的とするものであつて、その目的において正当であり、立入りの手段も平穏公然たるものであり、且つ通常の出入口からの立入であつた、当局側の役員、課長等も現場に居合わせているが、立退を要求したことはなく、かつて変電所立入について事前の許可を要求されたことは一度もなかつた、従つて原判決が、これに建造物侵入罪を適用したのは正当な労働組合活動についての法令の解釈適用を誤つたものである、と言うのである。

然しながら前記認定の各事実から推定される如く、又原判決が正当に説示する如く、被告人等が変電所に立入つたのは所論のように変電所の勤務員に対する職場長交渉又は職場集会参加の単なる呼びかけのみを目的とするものではなく、その呼びかけが効を奏しない場合には、自ら電源スイツチを切断するか、或いは勤務員に対して有形力を行使し、これを詰所内に閉じ込める等、非常手段に訴えても松任工場の動力源を遮断しようとする意図の下に行われたものである。このような行為は、とうてい正当な組合活動と言うことはできず、このような目的を以て変電所に立入ることは、とうてい建物管理者である当局の許諾を得られるものではない。従つてたとい被告人等職員が日常、自由に右変電所に立入りしていたとしても、このような目的で、これに立入ることは建造物侵入罪を構成するものと言わねばならず、原判決には何ら法令の解釈適用の誤は存しない。論旨は採用できない。

第二、一、被告人岡村良彦の控訴趣意について

所論(一)については、前記第一、一、(一)において、所論(二)については、前記第一、一、(三)において、所論(三)については、前記第一、一、(四)において、所論(五)の(一)については前記第一、三において、それぞれ判示している通りであり、所論(五)の(二)については、原判決が「弁護人等の主張に対する判断」中で期待可能性について、正当に判示している通りである。

所論(四)は被告人等の本件所為が国鉄の業務に与えた被害は極めて微々たるものであるのに原判決は、この点について全く考慮していない、と言うのである。

然しながら本件所為の態様、結果は原判示の通りであり、これが松任工場の業務に与えた被害は必ずしも甚大なものであつたとは言えないにしても、決して可罰的違法性を欠く程微々たるものとは言えず、又この点について原判決は量刑その他について十分考慮していると認められる。結局論旨は何れも採用できない。

第二、二、被告人村上達也の控訴趣意について

所論第一は原判示第一(一)の事実について、被告人等が共謀した事実はなく、その立証もない、と言うのであるが、被告人等の間に共謀があつたことは、前記第一、一、(一)において認定した事実に徴して明らかである。

所論第二については前記第一、一、(五)、及び第一、二において、所論第三については前記第一、一、(四)において、所論第四については前記第一、四において、それぞれ判示している通りである。結局論旨は何れも採用できない。

第二、三、被告人樋木耕治の控訴趣意について

所論第一の共謀の証拠がないとの点については、前記第一、一、(一)において認定した事実から被告人等の間に共謀があつたことは明らかであり、代務要員を配置しなかつたことにおいて当局側が責任を負うべきであるとの点については、同じく前記第一、一、(一)において判示している通りである。

所論第二については前記第一、一、(三)、(四)、第一、二において、所論第三については前記第一、四において、それぞれ判示している通りであつて、結局論旨は何れも採用できない。

第二、四、被告人鶴森広の控訴趣意について

所論は要するに、原判決は労働運動と単なる刑事事件とを混同したもので極めて不当であると言うのである。

然しながら労働運動と言えども、それが有責、違法であり且つ構成要件に当る時は刑事上の犯罪を成立せしめることがあるのは当然であるから、論旨は採用できない。

第二、五、被告人松森昭三の控訴趣意について

所論の中、本件起訴は当事者間で自主的に解決さるべき労使間の紛争に警察及び検察庁が国家権力を背景に不当に介入したものであるとの論旨については、労働運動といえども、常に当然に刑事訴追の対象にならないものではなく、その行為が犯罪の構成要件を充足し、且つ有責、違法であれば犯罪が成立することは明らかであり、従つて起訴されることがあることも当然であるから採用できない。

その他の論旨については前記第一、一、(三)、(四)、第一、三及び原判決が「弁護人等の主張に対する判断」中で期待可能性について、それぞれ判示している通りである。結局論旨は何れも採用できない。

第二、六、被告人堀清の控訴趣意について

所論(1) (一)については前記第一、三において、所論(1) (二)については前記第一、一、(三)及び第一、二において、所論(1) (三)については前記第一、一(四)において、それぞれ判示している通りであつて、論旨は何れも採用できない。

第二、七、被告人扇能忠生の控訴趣意について

所論の各論旨については前記第一、一、(三)、(五)及び第一、三において判示している通りであつて、何れも採用できない。

第三、一、検察官の控訴趣意第一点、量刑不当の論旨について

所論は要するに、被告人寺本を除く、その余の被告人七名に対して罰金刑を科した原審の量刑は軽過ぎて不当である、と言うのである。

そこで記録を調べ、当審において為した事実取調の結果を検討すると、次の諸事情が認められる。即ち本件所為は前記認定の如く暴力の行使を伴う違法不当なものであつて、とうてい正当な争議行為とは言えないこと、被告人等が自らスイツチを切断し、もしくは変電所の勤務員のスイツチ挿入を阻止したエアコンプレツサー、動力等は松任工場の言わば心臓部に当り、右行為によつて配電が止ると工場全体の作業の約六割が影響を被るのであるが、被告人等は原判示の如く三日間にわたつて、それぞれ五分間、四五分間、一時間五分の間、右工場の業務の遂行を妨げたものであつて、その行為は計画的であること、被告人等の本件所為の目的とするところも前記認定の如く不当なものであり、然もその目的の為には手段を選ばず、敢て違法行為に出る態度は、被告人等の順法精神の欠如を物語るものであり、民主々義社会、法治国家において、とうてい看過し得ないものであることは、何れも検察官所論の通りである。

然しながら他面において、修理工場である松任工場における本件争議行為は、公共企業体におけるそれではあるけれども、駅、信号所等におけるものと異なり、交通機関の運行を阻害するものでなく、従つて直接国民生活に影響を及ぼすことはなく、且つ本件による損害も特に甚大であつたとは認められない。被告人等の本件所為は前記認定の如く暴力の行使にまで達するものであるが、その態様は特に粗暴と言う程のものではなかつた。又本件以来約一〇年の歳月が径過したが、その間当局の方は仲裁裁定を比較的忠実に履行するようになり組合側も次第に当初の硬直した、ともすれば容易に違法な実力行使に走り勝ちな態度から蝉脱してその戦術に柔軟性を加え、労使共に労働関係の紛争解決に漸く慣熟、老威を示し、労使関係は正常の軌に乗らんとする傾向にあることが認められないでもない。更に本件に類似した昭和三二年六月五日の国鉄名古屋工場における春闘処分闘争において、組合員四名が工場動力室に入つて同室の従業員を連れ出し、午前八時二五分から同日の午前一〇時頃まで約一時間半にわたつて送電を停止した事件について、名古屋地方検察庁は、これを不起訴処分にしていることも、刑事処分の均衡上十分に考慮されねばならず、本件について被告人等が、それぞれ国鉄当局から行政処分を受けていることも当然量刑上参酌されるべきである。

以上の諸点を彼此考量すると寺本被告人以外の被告人等に対する原審の量刑は必ずしも軽きに失するとは言えないので、論旨は採用できない。

第三、二、検察官の控訴趣意第二点について

所論は要するに、原判決が本件公訴事実第二の「被告人寺本直臣は昭和三二年五月一八日午後一時一五分頃日本国有鉄道松任工場長堀内元三郎が、当時同工場営繕作業場において開催中の同工場電機職場大会を直ちに解散させると共に、同大会に参集中の従業員を、それぞれの職場に復帰就業させる目的で『只今行われている集会は不法なものであり、特に動力関係の職責は重大である。直ちに全員解散の上業務につかれたい』と記載した同工場長作成名義の業務命令書一枚は、同工場庶務課文書係長織田清作外一名をして、右営繕作業場の入口の戸に掲示させたことに憤慨し、その掲示の直後、素手で、これを剥ぎ取つて揉み捨て、以て公務所の用に供する文書を毀棄した」との公文書毀棄の訴因に対して、その外形的事実を認めながら、右文書は公務員である工場長を作成者とする一般の公文書ではあるが、掲示期間の記載もなく、これを貼つた場所は通常、文書を掲示する場所でなく、集会の現場に臨時に貼り出されたに過ぎないものであり、更に被告人寺本においては集会者全員が、その記載内容を知悉した以上廃棄して差支えない用済みの単なる紙片であると考えていたことを看取し得るので、公文書毀棄の犯意を欠如するものと認められるから、結局その犯意の点につき証拠が十分でないとして無罪の言渡をしたのは事実を誤認したものであると言うのである。

そこで記録を調べ、当審において為した事実取調の結果を検討すると、後記の証拠により、右公訴事実の外形的事実は、これを認めるに十分であり、又右業務命令書は、公務員である前記工場長が、公務所である右工場において使用する目的で作成し、現に同工場で使用した文言であるから、公文書であることも明らかである。

ところで後記の証拠によれば、被告人寺本が右業務命令書を毀棄した経過の詳細は、その当日、松任工場営繕作業場内において開かれていた電機、工機の合同職場大会が午後の始業時間である午後零時四五分が過ぎても、なお続けられていた為、午後一時一五分頃、織田文書係長と中本人事係が、前記業務命令書を持つて、右営繕作業場内に入り、右文書を右作業場の入口扉の内側に糊で貼ろうとした、営繕作業場内では、当時、二〇名前後の組合員がいたが、その中から被告人寺本を含む三、四名の者が織田係長等のところへ寄つて来た、居合せた被告人松森が右三、四名の組合員に「一応貼らせ、貼らせ」と言つており、その間に織田係長等は右業務命令書を貼り終え、帰ろうとすると、被告人寺本は右織田係長等に「君等これで貼つたんだな」と言うが早いか、片手で貼られたばかりの右命令書をパツと剥ぎ取り、それを両手で揉むようにして捻り、その場に捨ててしまつた、織田係長等は、そのまま黙つて、その場を去り、その状況を河口庶務課長に報告したが職場大会は、その後も依然として午後一時半頃まで続けられていた、以上の通りである。

原判決は右業務命令書には掲示期間の記載もなく、貼りに来た織田係長等は、これを剥いだりしてはいけないと言うような注意も与えず、貼り終ると、すぐ引返して行つたものであり、これを貼つた場所は通常文書を掲示する場所でなく、集会の現場に臨時に貼り出されたに過ぎなかつたものであり、更に被告人の原審公判における弁疏によれば、被告人は右文書を以て、口頭の告知に代えて貼り出された、その場限りの告知方法であるとし、集合者全員が、その記載内容を知悉した以上は、あたかも工場当局から労組当てに発せられた信書同様に廃棄して差支ない用済みの紙片であると考えていたと認められ、これ等の諸事実を総合すると寺本被告人の前記所為は公文書毀棄の犯意を欠くものであると判示している。

たしかに右文書に掲示期間の記載がなく、織田係長が特に、これを剥ぐことのないよう注意を与えたこともなく、貼り終ると、すぐに引返して行き(もつとも貼り終ると間もなく寺本被告人が、これを剥ぎ取り、織田係長は、そのまま引返して行つたものであることは前記認定の通りである)、これを貼つた場所も通常文書を掲示する場所でなく、集会現場に貼り出されたものであることは原判示の通りであり、被告人寺本の原審公判における弁疏の内容も原判示の通りである。

然しながら、前記認定の如く、右業務命令書は勤務時間中に行われた違法な職場大会を解散させ、参集中の従業員を、その職場に復帰、就業させる目的で、特に文書の形式をもつて、集会現場に貼り出されたものである。右文書の、このような目的、掲示の方法から考えれば、たとい右文書に掲示期間の記載もなく、織田係長が特に、これを剥ぐことのないよう注意を与えなくても、又貼付した場所が通常文書を掲示する場所でなくても、これに対して一定の掲示期間を認むべきことは常識上当然である。即ち右文書は、職場大会を解散せしめ、参集者に職場復帰を促す工場長の命令を参集者に周知徹底させ、同時に右命令が出されたことを客観的に明らかにする為に特に文書の形式にして作成、貼付されたものと認められるから、少くとも、参集者全員が、これを知悉し、且つ右命令に従つて解散し、職場に復帰するまでは、これを掲示して置く必要があり、それまでは工場当局は未だそれを使用していたものと言わねばならない。寺本被告人の弁疏の如く、右文書を以て口頭の告知に代えて貼り出された、その場限りの告知方法であり、集合者全員が、その記載内容を知悉した以上、あたかも工場当局から労組宛に発せられた信書同様廃棄して差支えない用済みの紙片であると考えることは如何にも無理であり、牽強附会である。又集合者全員が右文書の内容を知悉したか否かも前記の如く同被告人が、右文書が貼付され終ると間もなく、これを剥ぎ取つたことに鑑みると甚だ疑わしい。現に右職場大会に参加していた組合員山下暁次は原審第三四回公判において「右文書を真横から見たので全然文句は見えなかつた、時間になつたから、解散しろと言うことを書いてあるだろうと考えた」旨証言している。

そして被告人寺本も以上のことを当然意識していたと思われる。そうでなければ、仮に同人が、右文書が集合者全員に、その内容を知悉されて、廃棄して差支えない用済みになつた紙片であると考えたとしても、当審証人平田敬二に検察官が質問した如く、何故右文書を貼付後間もなく剥ぎ取らなければならなかつたか、その理由が理解できないからである。同証人は、右質問に対して「不当な集合でしたので、そんなものを見れば皆の気持がグラツとするので、団結上ない方が良いと思います」と答えているが、被告人寺本が右文書を剥ぎ取つた意図も、単に用済みになつた紙片であるからとの理由ではなく、右文書の掲示が前記職場大会に参集している従業員の気持を動揺させ、右大会の続行に支障を生ずることを防止するにあつたと認められるのである。従つて同被告人の右所為は、正に公務所が現に使用している文書を、ことさら毀棄したものであり、且つ主観的にも同被告人は、その所為の違法性を認識していたと認められるから、犯意を欠いていたとは言えない。原判決は、この点において事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

右の通りであつて、被告人寺本を除く、その余の被告人等に関する検察官及びその被告人等の本件各控訴は何れも理由がないので、刑訴法三九六条により、これを棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項本文、一八二条により主文第二項記載の通りに被告人寺本以外の被告人等に負担させることとする。

被告人寺本に対する検察官の本件控訴は理由があるので、同法三八二条、三九三条一項により原判決中同被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により同被告人について当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人寺本直臣は、昭和三二年五月一八日午後一時一五分頃、国鉄松任工場長堀内元三郎が当時同工場営繕作業場において開催中の同工場電機職場分会の職場大会を直ちに解散させると共に同大会に参集中の従業員を、それぞれの職場に復帰就業させる目的で「只今行われている集会は不法なものであり、特に動力関係の職責は重大である。直ちに全員解散の上業務につかれたい」と記載した同工場長作成名義の業務命令書一枚を同工場庶務課文書係長織田清作外一名をして右営繕作業場の南側入口の戸に掲示させたのに対し、その掲示の直後素手で、これを剥ぎ取つて揉み捨て、もつて公務所の用に供する文書を毀棄したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人寺本の判示所為は刑法二五八条に当るので、所定刑期範囲内で同被告人を懲役三月に処し、情状により同法二五条一項を適用して本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文、一八二条により主文第六項の通り同被告人に、これを負担させることとする。

以上の理由により主文の通り判決する。

(裁判官 西川力一 斎藤寿 井上孝一)

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